岡本綾子と言えば、そのお手本となるような滑らかでゆったりした、大きくやわらかい
スイングがイメージされるが、最初からそうであったわけではない。
実業団で国体優勝まで成し遂げた、サウスポーのエースで4番のヒロインは、ゴルフに
興味をゴルフに移し、ゴルフ場で見よう見まねでゴルフをするようになります。
コースはもちろん定まらなかったようですが、当たったときの飛距離は当時から男性を
超えるほどだったようです。
ゴルフを始めて2年経たない23歳で岡本綾子はプロテストに合格、夢はアメリカへ飛んでいました。
1981年にようやく念願叶い、アメリカツアーに参戦できる事に、しかし当初は、日本のツアーとの
掛け持ちで参戦していましたが、1923年から日本には休会届けを提出してのアメリカツアー
本格参戦を果たすのです。
順調に成績を伸ばしていた岡本綾子でしたが、1985年持病の腰痛が悪化、ゴルフも休養と
なってしまいました。
1986年復活を遂げた岡本綾子は今までと違って、滑らかでゆったりした、大きな柔らかい
スイングを手に入れ戻ってきたのです。